
1. はじめに:夏季賞与が企業経営に与える影響
夏季賞与(夏のボーナス)は、社員にとってはモチベーションアップの原動力であり、企業にとっては人材の維持・定着を図る戦略的な報酬制度の一環です。しかしその一方で、企業にとっては突発的かつ大規模な支出であるため、資金繰りと節税の観点から慎重な設計が必要です。
特に中小企業においては、夏季賞与の支給が一時的に資金を圧迫し、運転資金の不足や納税資金の遅延につながるリスクがあります。また、賞与を「損金算入できる経費」として活用できれば法人税の節税効果も期待できますが、税法上の要件を満たさなければ逆に損金不算入となり、税金が増える結果にもなりかねません。
たとえば、賞与の支給月と消費税の中間申告月や法人税の予定納税月が重なる6〜7月は、キャッシュアウトが年間で最も集中する時期の一つです。このような状況下で賞与を戦略的に扱うには、次のような視点が不可欠です:
- いつ、いくら、誰に支払うかという「設計段階の計画性」
- 支払原資の確保方法(内部留保か、短期借入か)
- 法人税・社会保険料への影響の試算
- 賞与の制度設計に関する税法上の要件把握
本稿では、これらの視点をもとに、夏季賞与の資金繰り対策と節税戦略の最適解を、実務に即した形でお伝えしていきます。
2. 資金繰りのポイント:夏季賞与の準備はいつから始めるべきか
■ 3か月前が分岐点:早めの見積もりと資金計画が鍵
6月または7月に賞与支給を行う企業が大半であるため、遅くとも4月上旬には賞与の概算額を決定し、資金調達プランに着手する必要があります。
【支給スケジュール例】
- 賞与支給予定日:7月10日
- 見積もり開始:4月上旬
- 支給額確定:6月上旬
- 銀行融資申請:6月中旬までに実行済み
このように、3か月前から逆算して準備を進めることで、資金繰りが安定し、突発的な資金ショートを防ぐことができます。
■ 支給額の決め方:利益ベースor固定支給?
賞与の金額設計には大きく2つのアプローチがあります:
- 定額方式(例:基本給の2か月分)
経営計画に組み込みやすいが、業績と連動しないリスクあり - 業績連動方式(例:営業利益の〇%を賞与原資に)
利益と連動するため柔軟性が高いが、事前通知・規程化が必須
【ポイント】
どちらの方式を採用する場合でも、支給の条件や金額を事前に就業規則または賞与支給規程に明記しておくことが、税務調査時のトラブル回避につながります。
■ キャッシュフロー予測の実践例
ある従業員30名の製造業(年間売上2億円)のケースでは、夏季賞与総額が約900万円(30万円×30名)に上ります。この900万円が7月10日に一括で出金されることを想定し、以下のような「賞与月を含めた資金繰り表の作成」が有効です。
月 | 期首現金 | 売上入金 | その他入金 | 支出(通常) | 賞与支出 | 期末現金 |
6月 | 800万円 | 1500万円 | 100万円 | 1400万円 | 0円 | 1000万円 |
7月 | 1000万円 | 1500万円 | 0円 | 1300万円 | 900万円 | 300万円 |
この表から見てわかるように、賞与によって期末現金残高が一気に70%減少しています。もし仕入の支払いや税金納付が追加で発生すれば、資金ショートの危機に陥ることが明白です。
■ 短期資金調達の活用:目的別に使い分ける
以下は、実際に夏季賞与の資金として活用される調達手段の詳細比較表です:
調達手段 | 期間 | 金利目安 | 実行までの時間 | 特徴 |
銀行短期融資 | 6か月以内 | 1.5%〜3% | 1〜3週間 | 汎用性が高いが、信用力が必要 |
日本政策金融公庫「賞与貸付」 | 原則3か月以内 | 1%前後(低利) | 1か月前後 | 中小企業向け、要事前申請 |
手形貸付 | 3〜6か月 | 約2% | 1週間程度 | 資金繰り表と連動して使いやすい |
売掛債権ファクタリング | 即日〜3日 | 年利換算10%以上 | 即時調達可 | 緊急性が高い場合に限定的に使用 |
✅ 注意点:調達先によっては「賞与資金」としての使途を明記する必要があります。借入契約書や資金使途報告を求められることもありますので、事前準備を怠らないようにしましょう。
3. 節税対策としての賞与戦略
■ 賞与を損金算入するための税務要件(従業員向け)
夏季賞与は、一定の条件を満たせば法人税法上「損金算入可能」な経費として扱われます。つまり、課税所得の圧縮を通じて法人税の節税効果が得られるということです。
従業員に支払う賞与については、以下のような要件を満たす必要があります:
要件 | 内容 |
① 賞与の支給が就業規則や労働契約で定められている | 不定期・一時的支給ではなく、「定例の支給」であることが重要 |
② 金額の計算根拠が明確で合理的 | 成績評価・業績指標などによって定められている場合が望ましい |
③ 実際に支給され、給与所得として処理されている | 給与明細・源泉徴収簿で処理され、税務署に届け出がなされている |
これらの条件を満たしていれば、賞与は支給事業年度の損金として算入可能です。これにより、たとえば営業利益1,000万円の企業が賞与として400万円を支給した場合、課税所得が600万円に圧縮され、法人税の軽減につながります。
💡 ポイント:賞与の支給根拠となる「就業規則」や「賞与規程」は、最低でも年1回は見直し、社内での周知と記録保存(改訂履歴)を行っておくと、税務調査でも安心です。
■ 要注意!役員賞与は原則「損金不算入」
経営者や取締役に対して支給する役員賞与は、従業員とは異なり、原則として損金不算入(=法人税の経費対象外)となります。これは、利益操作や任意の支給による租税回避を防ぐための税制上のルールです。
ただし、以下の3つの例外を活用すれば、一定の範囲で損金算入が可能です。
特例 | 要件 | 具体例 |
① 定期同額給与 | 支給時期と金額が毎月同一である | 毎月50万円の役員報酬+7月に定額賞与 |
② 事前確定届出給与 | 支給額・時期を事前に税務署に届け出 | 「7月10日に100万円支給」など |
③ 利益連動給与(大企業のみ) | 利益指標と連動し、報酬委員会等で決定 | 上場企業のストックボーナス等 |
⚠️ 注意:特に②の「事前確定届出給与」は定款または取締役会決議後1か月以内に所轄税務署へ提出しなければなりません。提出が遅れると損金算入はできなくなります。
■ 社会保険料への影響と調整
賞与は「賞与支払届」に基づき、健康保険・厚生年金の対象となります。つまり、賞与を増やせば社会保険料も増えるという仕組みです。
賞与額 | 健康保険料(協会けんぽ・東京都・一般) | 厚生年金保険料 |
500,000円 | 約49,250円(9.85%) | 約91,500円(18.3%) |
※上記は事業主負担分(従業員と折半)
これにより、1人あたり賞与50万円を支給すると、企業負担の社会保険料は計14万円超に達します。つまり、賞与額だけでなく、付随する法定福利費まで含めて資金繰りを設計する必要があります。
また、支給タイミングを4月・6月などに調整することで、標準報酬月額の見直し(定時決定)に影響を与えない配慮もできます。
■ 賞与支給時の源泉所得税と納付スケジュール
賞与支給時は、通常の月額給与とは異なり、賞与に対する源泉所得税の計算ルール(賞与に対する課税方法)が適用されます。一般的には「賞与に対する税額表」を用いて、直前3か月の平均給与から所得税額を算出します。
例:
月給30万円の従業員に対し、賞与40万円を支給する場合、所得税として約27,000〜32,000円程度が控除されるケースが多いです。
そして、この源泉所得税は、賞与支給月の翌月10日までに納付する必要があるため、賞与支給と同時に税金分の現金も確保しておく必要があります。
4. 賢い賞与戦略と中長期的な経営へのつなげ方
■ 業績連動型賞与の導入で「頑張りが報われる」仕組みを作る
従来の賞与は、「会社の利益に関係なく、年に2回、決まった金額を支給する」というスタイルが一般的でした。しかし、この方式では企業業績との連動性が薄く、モチベーションや生産性への波及効果が限定的です。
そこで注目されているのが、「業績連動型賞与制度」の導入です。
【業績連動型賞与の構造例】
- 会社全体の営業利益目標:1億円
- 目標達成率に応じた賞与原資配分
- 100%達成:支給額100%
- 120%達成:支給額120%
- 各個人の評価(成果・貢献度)で最終的な金額を調整
このようにすることで、「個人の努力」×「会社の成果」という視点から、透明性があり、公平感のある評価制度を実現できます。加えて、税務上も就業規則に明記することで損金算入が可能です。
✅ 注意点:制度導入前には「評価基準」「原資配分ルール」「支給上限」などを明文化し、従業員への説明を丁寧に行うことで納得性を高めましょう。
■ 賞与を活用した経営目標の浸透と組織活性化
賞与は金銭的報酬としての側面だけでなく、経営理念や年度目標の浸透手段としても活用できます。たとえば以下のような取り組みがあります:
- 「部門別目標を達成したチームには特別賞与を支給」
- 「顧客満足度スコアが前年比+10%を超えたら賞与増額」
- 「新規事業への貢献度を評価対象に加える」
このような取り組みによって、賞与が単なるインセンティブではなく、会社の方向性と社員の行動を一致させるツールとして機能します。
■ 人件費の平準化と賞与の積立制度
資金繰り対策として、賞与支給のタイミングだけでキャッシュアウトが集中しないよう、月次で人件費を平準化する工夫も有効です。
【具体策】
- 「賞与引当金」として毎月原資を積み立てる(会計処理上は引当計上は不可でも、内部管理で対応可)
- 月額報酬の中に賞与相当分を含め、一定割合を「賞与積立口座」に振り分ける
また、資金に余裕がある場合は、中小企業退職金共済(中退共)や確定拠出年金制度などと併用することで、長期的な人材定着と節税効果を同時に狙うことも可能です。
(個人的には、中退共はお勧めできません。ご加入している場合は、ぜひご相談ください)
■ 持続可能な賞与制度と経営の好循環
賞与支給において最も避けるべきは、「前年は支給できたが、今年は原資が確保できずゼロになった」という事態です。こうした不安定な運用は、従業員の信頼を損ない、モチベーション低下や離職リスクにつながります。
そこで重要なのは、賞与制度を「持続可能なコスト」として設計すること。具体的には以下の要素をバランスよく組み合わせる必要があります:
- 利益に応じた変動型原資(固定費化の回避)
- 就業規則・賞与規程の整備(税務対応)
- 社会保険料・源泉税への配慮(キャッシュフロー)
- 中長期的人件費計画(人材戦略との整合)
このように賞与制度を戦略的に設計することで、一時的な人件費支出ではなく、「人材への投資」として経営の好循環を生む仕組みが形成されます。
まとめ
夏季賞与は、資金繰り・税務・人事戦略のすべてに関わる重要な経営判断です。支給金額の設定やタイミング、税務処理の対応次第で、企業の財務体質や従業員満足度に大きな差が生まれます。
賞与の支払いを単なる「イベント」としてではなく、「未来への投資」として位置づけることで、企業はより強固で持続可能な経営基盤を築くことができます。
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