
1. はじめに:不採算部門を抱えるリスクとは
経営資源には限りがあります。ヒト・モノ・カネといった資源をどこに配分するかは、企業の成長を左右する極めて重要な経営判断です。そうした中、収益に貢献していない不採算部門を継続することは、利益圧迫や資源の浪費を招く大きなリスクとなります。
特に以下のような状況では、不採算部門の存在が企業全体の競争力や将来の成長性を阻害する要因となり得ます:
- 赤字が継続しているにもかかわらず、改善策が講じられていない
- 他の黒字部門の利益で補填されている構造になっている
- 自社の中核事業とは戦略的に乖離している
- 現場からの改善意欲やイノベーションが見られない
多くの企業では、「いつか黒字化するかもしれない」「従業員の雇用を守りたい」といった感情的要因により、撤退のタイミングを逃してしまうケースが散見されます。しかし、早期に不採算部門を見極め、戦略的に撤退する判断は、企業価値の維持・向上に直結する重要なアクションです。
本記事では、企業経営において不可避な「事業撤退」の局面をどのように判断し、実行すべきかについて、分析の視点から実務的に解説します。
2. 不採算部門を見極めるための主要な指標と分析方法
■ セグメント別損益:まずは“見える化”から始める
不採算部門を見極める第一歩は、部門別・事業別の損益構造を可視化することです。これには「セグメント別損益管理」が不可欠です。たとえば次のように項目を分解して集計します:
部門 | 売上高 | 売上原価 | 粗利益 | 販管費 | 営業利益 | 営業利益率 |
A部門 | 1億円 | 6,000万円 | 4,000万円 | 3,500万円 | 500万円 | 5% |
B部門 | 8,000万円 | 6,800万円 | 1,200万円 | 2,000万円 | -800万円 | -10% |
このような表を作成することで、どの部門が利益を生み、どこが赤字を出しているのかを定量的に把握できます。また、部門別の損益データは月次・四半期ごとにモニタリングし、赤字部門が一時的な不調なのか、構造的に不採算なのかを分析することが重要です。
■ CVP分析(損益分岐点分析):構造的赤字の正体を見抜く
損益分岐点分析(CVP分析)は、不採算部門の「収益構造の脆弱性」を見極めるために有効な手法です。
たとえば以下のような分析が可能です:
- 変動費率が高すぎて利益が出にくい構造
- 固定費が過大で、販売数量の増加でも損益分岐点を超えない
- 客単価が低すぎてスケールしても黒字化が困難
この分析により、表面的な赤字だけでなく、「改善余地があるのか」「収益性回復が可能か」といった判断を支援できます。
■ 成長性・市場性:“将来価値”も見極めに含める
現在赤字であっても、中長期的に市場が拡大する見込みがある場合、その部門には戦略的価値がある可能性があります。以下の観点で評価しましょう:
- 業界の成長率、市場規模の将来予測
- 顧客ニーズの変化とポジショニング
- 技術革新によるコストダウン可能性
- 自社の中長期戦略との整合性
この視点を取り入れることで、短期的な損益にとらわれず、本当に撤退すべきかどうかを冷静に見極めることが可能になります。
■ 定性的要素:現場の“リアル”も無視しない
数字では測れない現場の声や組織的課題も、不採算部門の見極めには欠かせません。
- 従業員の士気・離職率
- 管理工数やマネジメント負担
- 他部門との協業性(シナジー)
- ブランド毀損リスクや顧客満足度の低下
こうした情報は、定量分析では見落とされがちですが、撤退判断の精度を高める“補完材料”として極めて重要です。
3. 撤退判断における意思決定プロセスと注意点
不採算部門の存在が明らかになったとしても、すぐに事業撤退に踏み切るのは容易ではありません。実際の撤退判断には、複数のステップと利害関係者への丁寧な配慮が求められます。
ここでは、経営判断としての撤退プロセスを5つのステップに分けて解説し、その際の注意点を具体的に示します。
ステップ①:撤退基準の明文化と意思決定の準備
まず必要なのは、「撤退の基準を明確にする」ことです。曖昧なままでは撤退判断がブレてしまい、現場の混乱や経営リスクを高めます。
▼撤退判断の具体的な基準例:
- 過去3年間の営業利益がすべて赤字
- 将来的な黒字化の見込みが客観的に乏しい
- 戦略との整合性がない(例:コア事業とのシナジーがない)
- 市場縮小が避けられない状況(例:需要の激減)
こうした指標を経営会議レベルで事前に定義しておくことで、判断の客観性と説明責任が確保されます。
ステップ②:撤退による影響範囲の洗い出し
次に行うべきは、撤退によってどのような影響が生じるかを丁寧に分析することです。見落としがちな点として、財務・法務・人事・取引先との契約関係など、影響は多岐にわたります。
【考慮すべき主な影響】
- 社内リソースの再配置(特に人員整理や異動)
- 既存顧客へのサービス停止に伴う対応
- 在庫・設備・資産の処理(売却・減損処理など)
- パートナー企業・サプライヤーとの契約見直し
- メディア報道やレピュテーションリスク
特に注意したいのは、従業員のモチベーションと社内風土への影響です。唐突な撤退は不信感を生みやすいため、段階的かつ誠実な説明が必要です。
ステップ③:撤退シナリオの設計とリスク最小化
撤退は“止める”だけでなく、「どう止めるか」が問われるフェーズです。撤退をスムーズに進めるためには、実行計画(シナリオ)を事前に設計しておく必要があります。
▼主な撤退シナリオの構成要素:
- 撤退時期とフェーズ(段階的縮小 or 一括撤退)
- 従業員対応方針(配置転換・早期退職制度など)
- 顧客・取引先への説明と引継ぎ対応
- 資産整理計画(在庫処分、固定資産売却など)
- 会計・税務上の処理(減損・特別損失計上など)
また、事業撤退にあたってはコンプライアンス対応も欠かせません。労務・契約・知的財産の取り扱いについても、専門家の助言を受けながら慎重に進めましょう。
ステップ④:関係者への丁寧な説明と対応
撤退判断は、社内外問わず多くの関係者に影響を与えます。特に社内では、「なぜこの判断に至ったのか」「今後の方向性はどうなるのか」について、納得感のある説明を行う必要があります。
【コミュニケーションのポイント】
- 社内:経営会議での決定プロセスを共有し、社長や幹部が直接説明
- 従業員:一人ひとりに説明の場を設け、不安や質問に対応
- 顧客・取引先:個別に訪問や書面で説明し、誠実な対応を心がける
撤退を通じて信頼を損なうことがないよう、“誠意ある対応”を徹底することが、企業ブランドの保全にもつながります。
ステップ⑤:経営資源の再配分と再成長の視点を持つ
撤退は終わりではなく、再成長への出発点です。撤退で浮いた人的資源・設備・資金などを、どこへ再配分するかが経営の腕の見せどころです。
この「撤退後の構想」を持たずに撤退だけを行うと、企業全体が萎縮モードに陥る恐れがあります。次のステップを明確に示すことで、組織に前向きな雰囲気をもたらすことができます。
4. 収益構造の再構築と成長戦略への転換
不採算部門からの撤退は、経営のマイナスではなく、収益構造を見直し、企業の成長力を高めるためのチャンスでもあります。重要なのは、撤退後の「次の一手」をどう描くかです。
以下では、撤退後に実行すべき3つのステップを提示し、企業が持続的成長に転換するためのポイントを解説します。
ステップ①:収益構造の見直しと利益率の最大化
まず取り組むべきは、撤退によって削減されたコストや浮いた資源を活用して、全社の収益性を高める構造改革を行うことです。
【主な見直しポイント】
- 高収益部門への経営資源の集中(ヒト・モノ・カネの再配分)
- 利益率の高い商品・サービスへの注力(例:サブスクリプション型、BtoBサービス)
- バリューチェーンの再構成(製造外注化、物流見直しなど)
撤退によってコスト構造が軽くなった分、粗利率や営業利益率の改善が現実的な目標となります。また、過去の不採算事業から得た「失敗の教訓」を活かし、より強い収益モデルを構築することが求められます。
ステップ②:成長事業へのシフトと投資判断
撤退によって得た資源(資金・時間・人材)を、今後の成長エンジンとなる分野へ再投資することが、戦略転換の中核となります。
【成長戦略に活用可能な視点】
- デジタル化への投資(例:EC、SaaS、データ活用)
- 新市場開拓(地域展開、異業種連携)
- 顧客基盤の拡大とLTV向上施策(CRM、サブスクモデル化)
ここで重要なのは、「撤退=守りの姿勢」に留まらず、新しい“攻め”の戦略を明確に打ち出すことです。撤退後の次なる挑戦を明確にすることで、社内に再び活気が生まれ、経営の方向性にも一貫性が出てきます。
ステップ③:経営管理体制の強化とPDCAの徹底
収益構造の再構築と成長戦略の実行を成功に導くためには、経営管理体制そのものの強化も不可欠です。
【体制強化のポイント】
- セグメント別損益のリアルタイム管理(KPIダッシュボードの導入など)
- 経営会議体制の見直し(迅速な意思決定と評価の仕組み)
- 現場からのボトムアップ提案制度の導入(現場の視点を活かす)
こうした取り組みによって、撤退から得た知見を企業全体の学びとして定着させ、今後の意思決定精度を高める文化を育てることが可能になります。
おわりに:不採算部門の撤退は「縮小」ではなく「選択と集中」
不採算部門の撤退は単なる縮小ではなく、企業が“選ばれる事業”に集中するための再定義プロセスです。的確な分析と計画的な実行により、企業は無駄な負荷を取り除き、強みを活かした成長軌道へと乗り出すことができます。
「撤退」という経営判断には、迷いや葛藤が伴うものです。しかし、それを乗り越えた先には、企業の競争力を飛躍的に高める機会が待っています。
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