
はじめに
「法人と個人事業主のどちらが得か?」というテーマは、個人で事業を始めた多くの方にとって避けて通れない悩みです。特に売上や利益が一定水準を超えると、税金負担の増加や社会保険料の上昇が現実味を帯びてきます。そのため、「このまま個人事業主として続けるべきか」「法人化して節税を図るべきか」という選択が、経営上の大きな転機となることも珍しくありません。
本記事では、財務面から法人と個人事業主の違いを比較し、「どのようなケースで法人化が有利になるのか」「どのくらいの収入があれば節税効果が出るのか」といった実務的な判断軸を提示します。特に、以下の点について重点的に解説します。
- 所得税と法人税の税率構造の違いと節税ポイント
- 社会保険の加入義務と保険料負担の差
- 経費処理や節税スキームの活用可能性
- 銀行融資や取引先からの信用の違い
個人事業主と法人のどちらが得かという問題に正解はありませんが、財務状況や将来の事業展望に応じた判断が必要です。この記事が、制度的な違いを理解し、より良い意思決定をする手助けとなれば幸いです。
所得税・法人税の違いと節税効果の比較
所得税と法人税の基本的な仕組みの違い
個人事業主と法人では、課税の根拠となる税制が根本的に異なります。
- 個人事業主は所得税が課税される
所得税は、「総合課税」と呼ばれる仕組みにより、すべての所得(事業所得、給与所得、不動産所得など)を合算し、**累進課税(所得が高くなるほど税率も上がる)**が適用されます。2025年現在の所得税率は以下の通りです:
課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
〜195万円 | 5% | 0円 |
195〜330万円 | 10% | 97,500円 |
330〜695万円 | 20% | 427,500円 |
695〜900万円 | 23% | 636,000円 |
900〜1,800万円 | 33% | 1,536,000円 |
1,800〜4,000万円 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
- ※この他に住民税(概ね一律10%)が課税されるため、実質の負担はさらに高くなります。
- 法人は法人税が課税される
法人に課されるのは法人税で、所得に対して一律の税率が適用されます。中小企業(資本金1億円以下)の場合は以下のような優遇があります。
所得区分 | 税率(実効税率) |
年800万円以下の所得 | 約22〜23%(地方税含む) |
年800万円超の所得 | 約30〜34%(地方税含む) |
- つまり、所得が増えるほど税率が高くなる個人事業主に比べて、法人は一定水準の税率で済むため、高収入になればなるほど法人の方が税制上有利になる傾向があります。
どのタイミングで法人化すると得なのか?
明確なボーダーラインはありませんが、以下のような基準が参考になります。
- 事業所得が500万円を超える場合:所得税の累進課税により、20%以上の税率が適用されるため、法人化の検討価値が高まります。
- 事業で安定的に利益が出ている場合:法人の方が節税対策(給与所得控除、退職金制度など)を講じやすくなります。
たとえば、法人化すれば社長(=あなた)に対して「役員報酬」を支払う形になり、その報酬は法人の経費として計上可能です。また、役員報酬を一定額に抑えることで、個人の所得税を軽減することも可能です。
法人化による節税の具体的な方法
法人化の主な節税手段には、以下のような方法があります。
- 給与所得控除:個人事業主には存在しない控除。法人の役員報酬には適用されるため、課税所得を大きく圧縮できます。
- 生命保険を活用した節税:法人契約で支払った保険料の一部を損金計上可能。
- 退職金制度:法人では将来の退職金を計画的に積立でき、かつ退職所得として有利な税制が適用されます。
- 家族への給与支払い:業務に従事する家族に給与を支払うことで、所得分散による節税が可能。
経費計上の柔軟性の違い
法人では、より多くの費用が経費として認められる可能性があります。たとえば、
- 自動車のリース料や社用車管理費
- 法人契約の携帯電話や通信費
- 会議費、交際費(中小企業には年間800万円までの交際費損金算入枠)
これらは個人事業主でも一部は経費になりますが、税務署の目が厳しく、法人の方が明確かつ合理的に認められやすい傾向があります。
社会保険・年金の負担と保障内容の違い
法人と個人事業主では、加入する社会保険の制度自体が異なり、その結果として「保険料の負担」「将来の保障内容」「節税効果」などに大きな差が生じます。以下では、健康保険・年金・雇用保険・労災保険を含む各制度について、財務的視点から詳しく比較します。
1. 社会保険の制度の違い
区分 | 個人事業主 | 法人(代表者・役員) |
医療保険 | 国民健康保険 | 協会けんぽまたは健康保険組合 |
年金制度 | 国民年金(基礎年金のみ) | 厚生年金(基礎+報酬比例) |
雇用保険 | 原則加入不可 | 使用人兼務役員などで要件満たせば加入可 |
労災保険 | 任意加入 | 業務に従事していれば原則加入 |
個人事業主は「国民健康保険・国民年金」に加入し、これらは定額または所得に応じた保険料を自ら全額負担します。一方、法人の役員・従業員は社会保険(健康保険・厚生年金)に強制加入となり、保険料の半分を法人が負担します。
2. 保険料負担の違い(2025年時点の目安)
- 国民健康保険+国民年金(個人事業主)
- 年収500万円程度の場合:約80〜100万円前後(地域差あり)
- 全額自己負担
- 社会保険(法人)
- 月収40万円の場合、社会保険料合計:約11〜12万円/月(約135万円/年)
- 法人と個人が半額ずつ負担(個人負担:約67万円)
つまり、法人の方が金額ベースでは負担が大きくなる傾向にありますが、後述の通り、その分だけ保障の内容も手厚く、かつ節税にもつながる側面があります。
3. 将来の年金額・保障の違い
- 国民年金(個人事業主):老齢基礎年金のみ。月額支給見込み:約65,000円(40年間納付した場合)。
- 厚生年金(法人):老齢基礎年金+報酬比例部分。報酬に応じて月額10万円以上も可能。
また、法人の場合は傷病手当金・出産手当金などの**「現役時の保障」も充実しており、例えば病気やケガで働けない期間に標準報酬日額の2/3が支給**される制度もあります。これは国民健康保険には存在しない給付です。
4. 節税面での視点:社会保険料も「経費」にできる
法人化のメリットとして、役員報酬やそれに付随する社会保険料が経費として損金処理できるという点が挙げられます。
- 個人事業主の場合:支払った国民健康保険料や国民年金は「所得控除」として扱われますが、課税所得そのものは減らない。
- 法人の場合:会社負担分の保険料は法人の損金(=経費)となり、税負担軽減につながる。
さらに、**役員本人が負担した社会保険料も「給与所得控除後の所得から控除」**されるため、所得税の圧縮効果も期待できます。
5. 雇用保険・労災保険の取り扱い
個人事業主本人は原則として雇用保険・労災保険に加入できませんが、法人の役員であっても、「実質的に従業員と同様の業務に従事している場合」は雇用保険に加入可能なケースがあります。
また、法人は労災保険に加入していれば、「中小事業主特別加入制度」を活用し、経営者本人が労災保険の対象になることも可能です。これは、業務中の事故や通勤災害の補償を得られるという意味で、大きな安心材料となります。
財務的な総合判断:負担は増えても、それ以上の価値がある
確かに、法人化によって社会保険料の**「名目上の負担」は増加**します。しかしそれは、次のような点で十分に「投資」になり得ます。
- 将来の年金額(老後の備え)が増える
- ケガや病気に備えた保障が充実する
- 法人側の経費にできるため、税金の負担が軽減される
- 経営者としての信用度が上がり、資金調達にもプラスになる
そのため、短期的な出費だけでなく、中長期的な視点での財務戦略として法人化を検討することが極めて重要です。
資金調達・信用力・経費処理の違いと経営への影響
法人と個人事業主では、金融機関からの見られ方や経費処理の柔軟性に大きな違いがあります。法人化することで得られる信用力や制度的な優遇は、単なる節税にとどまらず、中長期的な経営の安定や成長に直結します。
1. 銀行融資や補助金申請における信用力の違い
法人は、登記情報が公に登録され、会社としての存在が法的に証明されるため、金融機関や自治体からの信用が高くなります。これは以下の点に影響します:
- 金融機関からの事業融資の可否・金利水準
法人は決算書を提出し、事業計画書や実績に基づいて「事業体」として評価されるため、融資審査が通りやすい傾向があります。特に、日本政策金融公庫などでは法人の方が借入限度額や審査条件が緩和されるケースもあります。 - 助成金・補助金の申請
多くの国・自治体の制度では、「法人であること」を申請要件にしている補助金が多数あります。たとえば「小規模事業者持続化補助金」「IT導入補助金」などがその一例です。
個人事業主の場合、税務上の実績があっても、提出できる資料(青色申告決算書など)の信頼性や証拠力が法人に比べてやや劣ると見なされることがあります。
2. 経費処理の自由度と実務効率の違い
法人化することにより、経費処理の範囲が広がり、財務管理がより戦略的に行えるようになります。以下に法人と個人事業主の主な違いを示します。
経費項目 | 個人事業主 | 法人 |
家族への給与 | 生計を一にする親族への支払いは制限あり | 適正な業務対価であれば経費処理可 |
交際費 | 限度なく経費にできるが、税務署の判断が厳しい | 中小企業は年800万円まで損金算入可 |
社宅・住宅関連費 | 原則不可 | 社宅制度を整備すれば家賃の一部を経費化可能 |
役員報酬 | 該当なし(個人事業主の利益=所得) | 損金算入できるが事前決定が必要 |
福利厚生費 | 制限あり | 一定のルールに基づけば幅広く認められる |
法人では**明文化された制度設計に基づいて支出すれば、それが原則として損金扱い(=経費処理)**されるため、戦略的な節税が可能です。一方で、税務的な管理は複雑化するため、会計事務所のサポートが事実上必須となります。
3. 事業のスケーラビリティと法人格の影響
法人化することで、以下のように事業を**スケーラブル(拡大しやすい体制)**に整えることができます。
- 従業員の雇用:法人であれば社会保険を整えやすく、求人の受けも良くなります。
- 資本の増強:法人は株式発行や第三者出資が可能なため、将来的に投資家から資金を集めることができます。
- 取引先の拡大:大手企業との取引や法人契約では「法人格」が条件になることも多く、法人であること自体がビジネスの入口となることも。
また、経営責任が「法人」に帰属するため、個人財産が即座に事業責任を負うことはありません(ただし、代表者個人が連帯保証を求められることは多くあります)。
法人化は“費用”ではなく“未来への投資”
ここまで見てきた通り、法人化には税務・社会保険・信用力・経費処理など様々な財務的影響があります。初期費用(登記費用・顧問料など)や手続きの煩雑さがある一方で、その後の経営資源の拡張性や信頼性、節税効果の観点から考えると、法人化は将来への有力な投資となります。
まとめ:どちらが得かは「収入」と「将来のビジョン」で決まる
比較項目 | 個人事業主 | 法人 |
税率構造 | 累進課税(最高55%) | 一律課税(実効税率 約22〜30%) |
社会保険 | 保険料は安いが保障は限定的 | 保険料は高いが保障が手厚い |
経費処理 | 制限が多く、税務署の判断が厳しいことも | 明文化されたルールにより幅広く処理可能 |
信用力 | 個人信用に依存 | 登記・決算書などにより第三者評価が高い |
資金調達 | 限定的、自己資金または保証人依存 | 融資・助成金・出資など多様な調達が可能 |
最終的にどちらが得かは、「今の収入水準」と「これから事業をどう成長させていくか」によって異なります。年商が500〜700万円を超え、事業を拡大したい方には、法人化によるメリットが大きくなるタイミングと言えるでしょう。
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